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南の風とともに

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鶴の一声

 先日、この国の首相があるセレモニーの演説の中でこう述べた。「サッカー賭博場を閉鎖させる。」首相がそう言った途端、この国中のいくつものサッカー賭博場は警察によってその日のうちに閉鎖に追い込まれた。
 このサッカー賭博場は、政府から正式な認可を得て、営業していた合法的なものだった。しかし、認可期間途中にも限らず、首相の突然の一声で閉鎖され、大勢いた従業員は突然職を失った。理由はこうである。「賭博場があるから、賭け金欲しさに強盗が増える。」確かにそれは言える。サッカーの大きな大会中には、この国は強盗が増えると聞く。賭博場が閉鎖されるのは大賛成だ。ただ、首相の一声で何でも物事がいとも簡単に決まってしまうというこの国のシステムに未だ戸惑いを覚える。
 以前もこういうことはあった。「ガソリンの値段を下げろ」その首相の一声で一斉に値段が下がった。「米は輸出禁止にする」その一声で一斉に輸出が禁止となった。法律なんかない。この国は「首相イコール法律」だ。例えいくら法律があったとしても、首相が一声発せば、法律は簡単に破られる。
 「開発独裁」という言葉がある。発展途上国では、コンセンサスを踏む民主主義よりも、指導者の強いシーダーシップの方が、国の発展が進むということだ。その一部を垣間見た気がした。鶴の一声で国民全てが一斉に従うとはこういうことなのだ。首相が「右を向け」と言えば右を向く。「左を向け」と言えば、おとなしく左を向く。誰も逆らわない。異論さえ出ない。反対するとどうなるかを知っているから。それがこの国の実情。これが経済発展へとひたすらに突き進む途上国のリーダーの権力。その権力の余りの大きさに驚く。
 そう、宗教の自由だって、首相の一声である日を境に突然無くなるということさえありうる。この国では自由という言葉は非常にもろい。
by awkun | 2009-02-28 20:08

国境の街へ(5)

国境の街へ(5)_d0113490_23295912.jpg 2泊3日の国境の街への旅も終わり。3日と言っても、そのうち2日はバスでの移動なので正味1日だったけど。でも、いろんな場所を見ることができて、いろんなこと考えさせられたし、またこの場所で働きをしているクリスチャンの方々と会い、いろんな話ができてとても良かった。マラリヤ、デング熱が広く蔓延し、決して便利ともいえないこの場所で、神と人に一生懸命に仕えている姿を見て、こちらも励まされる思いだった。
 さあ、帰りのバス。案の定、乗客が来るのが遅れ、出発は30分ほど遅れる。こちらは時間にきちきちしていない。バスも出発時間が来たら出発ではなく、乗客がいっぱいになったら出発という次第だ。首都までの長旅。途中、トイレ休憩に止まる。といってもトイレは無い。その辺の草むらで自由にどうぞということだ。こちらの人はみんな慣れてるので、それぞれ思い思いに分かれてトイレをする。そして、再びバスに乗り込んで出発。しばらく走ると、運転手の携帯電話に電話がかかってくる。「ありゃ」と運転手叫ぶ。「さっきの場所にお客さん一人置いてきちゃったよ・・・」
 日本だったら大騒ぎ。運転手は責任が問われ始末書ものだ。しかし、こちらはそんなことは無い。「しょうがないなあ。迎えに行くか。」バスはUターンして、残した客を迎えに行く。その分、目的地への到着時間も遅れるが、乗客も誰一人怒らない。全ては笑い話の種となる。「自分でこっちまで来させたら(笑)」「遠くに行って用を足してたからだよ。恥ずかしがり屋が(笑)」そして、積み残した客と遭遇。積み残した方も、積み残された方も怒るもなし、笑顔。
 改めて出発。「ところで、目的地にいつ着くんだい?」との声が後ろの席から運転手にかかる。「今日中には着くだろう。あっはっは・・・」と運転手。それを聞くと、まあ今日中に着いたらいいかと思えるから不思議である。★ちなみに写真はお客さんが一人置いてきぼりにされた場所
by awkun | 2009-02-25 22:22

国境の街へ(4)

国境の街へ(4)_d0113490_22165765.jpg 先日、今から約30年前の大虐殺をさばく裁判が国連の手助けにより、ようやく始まったとニュースが流れた。しかし、あの当時の大虐殺に関与した一派の主要幹部はほとんど死んでしまった。今から真相を明らかにするのは、非常に困難だ。あまりにあまりに時間が長く過ぎてしまった。
 あまり知られていないが、この国を長期に渡って支配している現政権はかつてその派の一味だった。また田舎に行けば、その時代に、殺した側と、殺された側の身内が今でも近くに住んでいることが多い。いや、行き着くところ、今生き残っている人たちのある部分は、何らかの形で虐殺政権に協力したといえなくもない。そうでなければその時代に殺されていた。虐殺政権は終わり、殺す側も殺される側も、皆過去に蓋をして、過去を振り返らずに一緒に生きてきた。今までそうしてこの国は歩んできたのだ。そうすることで、曲りなりの平和と人間関係の安定というものをこの国は得てきたのだ。いまさら過去をほじくり返して何になる・・・そのような声があることも事実。善と悪という論理はこの国ではなかなか通じない。次第に善と悪というものが、大きな流れの中に丸め込まれ、そしてゆがめられていく。
 この街外れにはひとつの場所がある。大虐殺を起こした一派のリーダーが死んだ場所。そして火葬された場所が残っている。世界中にその名をとどろかせた男の死因は今もって不明。暗殺説も今なおささやかれている。彼の死によって真相は全て闇の中に葬られた。
 街外れの国境近くのその火葬場に行ってみた。普通の民家の裏庭のような場所でとても驚いた。周りは草だらけ。火葬されたといっても、その後は犬が荒らしてしまったということで、骨のありかさえ分からない。立ってみて思う。これが、かつて東洋のヒトラーとさえ言われた男の最後の場所なのか。あまりに無造作で、そしてあまりに静かだ。
 かつて絶大な権力を手にし、数百万人の同国民を虐殺し、その行為に世界中から恐れられ、果てや身内や仲間さえも殺し、誰も何をも信じなかった男。その後、この奥地の国境沿いにまで追われ、この果ての地で見捨てられるように焼かれていった。この場に立って、いろいろと考えさせられる。
 ある宣教師が言った。「彼は結局この世界で何も裁かれずに死んだ。しかし、天で神の裁きが待っている。」畏れを感じつつ、その通りだと思う。
by awkun | 2009-02-20 22:41

国境の街へ(3)

国境の街へ(3)_d0113490_2183516.jpg その小さな街の小高い山を登ったところに隣国との国境がある。1つのゲートがあり、異なる国旗が2つ、風にゆられている。あまり人がいない静かな所。これが国境だ。例え国境を越えても、2つの国をつなぐ道の色は変わらない。木の色も変わらない。ただ人間が引いた一つの線によって、政治システムも、言葉も、文化も、全てが変わってしまう。それが国境。近くには市場もあり、ほとんど隣国からの物が売られている。数ヶ月前には隣国との間で国境紛争があり、数名の兵士が死亡した。その時に比べると、緊張感はだいぶ薄れつつあるように思う。隣国の兵士が国境を越え、こちらの国の市場で買い物をしている光景にも出くわした。けれども、一方でロケット砲を持った兵士が警戒している様子も見られる。上を見上げると、どこまでも変わらない青い空が続く。しかし、下を見ると一つの地境があり、その境をめぐって国と国が戦い合う。そのアンバランスを想う。
by awkun | 2009-02-17 22:10

国境の街へ(2)

国境の街へ(2)_d0113490_2475918.jpg この街は、かつてこの国で大虐殺を引き起こした一派が、消滅する時まで支配していた最後の場所だ。長い間、政府軍との間でゲリラ戦が繰り広げられた。そして、今から約10年前に、激しい戦いの後に政府軍がこの街を制圧し、一派は消滅した。一派の指導者もこの地で死亡した。しかし、今だに地雷も多く埋められたままだ。地雷を除去した場所を歩いたが、さすがに足がすくむ。また当時の最高幹部の家なども主を無くしたまま街に残されている。
 当時、政府軍とゲリラ戦を戦った一派の兵士達は、制圧された後、そのまま政府軍に組み込まれた。だから、この街の兵士達の多くはかつて虐殺を行った一派の兵士達と聞く。当然、この街の住民も、それに関係する人たち。だからこの街では、その一派のことを悪く言う人は少ない。「この池も、病院も、彼らが作った」と賞賛する。大虐殺を引き起こし、全世界から非難されている一派だが、同じ国の中に、彼らのことを悪く思わない人たちがいるというのも事実。今、この国では当時の政権幹部たちを裁く国際裁判が行われているが、遅々として進んでいないのも分かる気がする。過去のことに触れたくないという何らかの思惑が少なからず働いているようにも思う。大虐殺から30年経ち、当時何が起こったのか、全てのことを明らかにするのは、もはや難しい。人が人を、また歴史を正しく裁くというのは、簡単ではない。全てのことを正しく公平に裁けるのは、神しかいない。 
by awkun | 2009-02-13 22:43

国境の街へ(1)

国境の街へ(1)_d0113490_23541377.jpg この数日間、知人を訪ねて遠く離れた国境の街へ赴いた。早朝に首都をバスで出発して6時間。そこからまた違うバスに乗り換えて3時間あまり。合わせて9時間以上ガタガタと揺られながらの長旅。移動だけで一日が潰れてしまう。「奥地」という表現をすればその街に失礼かもしれないが、気分はまさに「奥地」に赴く感じである。
 あまり大きくない街。人口も街自体には多くいないとのこと。しかし、その街がよく知られているのは理由がある。一つは、かつてこの国で大虐殺を引き起こしたグループが崩壊するまで、最後まで陣取っていた街。そのグループの本拠地だった街。そして、大虐殺を起こしたグループのリーダーが死んで遺体が焼かれた街。その映像は全世界に流れて、衝撃を与えた。病死か、毒殺死か、それとも・・・。死因は今もって不明とされている。
 その街で、神と人に仕える仕事をしている知人に会いに出かけた。バスはひたすら北に、国境の方角へ奥へ奥へと向かっていく。その街に向かう道はこの1年でかなり良くなったとのこと。つい数年前までは、雨が降るとドロドロになって、車で行くことも難儀したらしい。しかし、街まであと少しというところで、バスの前方のトラックが立ち往生。細かい砂のせいで、タイヤがスリップして坂を上りきれない。トラックが行かないことには、後ろに控えているバスもどうしようもない。ここで慌てないのがここの国流だ。到着時間が遅れようが何も気にしない。「そのうち何とかなるさ」の精神だ。じっと待つ。そして、そのうち別の大型トラックが来て、見事にスリップして動けないでいるトラックを牽引して引き上げてくれた。これにて一件落着。「さあ行くよ」とみんな笑顔。
 そしてもう夕方になろうかとしている頃に、ようやく街に到着。一言で言えば、何も無い閑散としている街だ。今から約10年前まで、殺し屋と恐れられていた男達がこの街を支配し、政府軍と激しいゲリラ戦を繰り広げていたとは想像もできない静かな街だった。
 
 
by awkun | 2009-02-12 00:35

空港と牛

空港と牛_d0113490_2329568.jpg この国の首都の国際空港の滑走路横では、牛が草をのんびりと食べてます。のどかな光景。
by awkun | 2009-02-08 23:34

ヘルメット

ヘルメット_d0113490_2336346.jpg 今年の1月から、この国ではバイクを運転する時のヘルメットが義務付けとなった。逆に言えば、今までは義務では無かったので、ほとんどの人はノーヘル。決まりがあまり守られないこの国で、どこまでヘルメットが浸透するだろうと思っていたが、思いのほか、今は街中の80%ぐらいの人がヘルメット着用している。おお・・・ここまで皆が法律を守るなんてすごい。なぜか?街中に立っているお巡りさんに捕まるからだ。
 ノーヘルで捕まるのは日本もそうだが、こちらは日本とは様子が少し違う。まず、捕まると問答無用に罰金。罰金って法律を守るための一つの意識付けのはずだが、ここではそんな理屈は通用しない。罰金イコールお巡りさんの生活費になるこの国では、お巡りさん何もここまで・・・と思うぐらいに目の色を変えてノーヘルバイクを捕まえまくる。それも数人並んで車道に立って、捕まえる気満々。いやいや、そんなに必死に働けるんだったら、普段からそうして欲しい。その割に、お巡りさん自らノーヘルでバイク運転、おまけに率先して信号無視とはどういうことだ・・・。
 お巡りさんもお巡りさんだが、捕まる方も捕まる方だ。違反して捕まったバイクの運転手が親族関係などで有力者にコネがあることも多い。捕まったら、すぐに有力者に携帯電話をかける。その携帯電話をお巡りさんに渡す。一言、二言話してお巡りさん恐縮。すぐに「どうぞお行きください」と解放される。もしそういう人から罰金でも取ろうものなら、お巡りさんといえども、後でどのような仕打ちにあうか分かったものではない。う~んなかなか問題は根深いのだ。
 そして夕方。お巡りさんが輪になって何かしてる。よく見たら、徴収した罰金の「山分け」。一日の分捕り物は皆で仲良く分け合う。この国は「分け合う精神」が美徳だが、お巡りさんまでねえ・・・。みんなふところが暖かくなって、「じゃっ」とノーヘルで帰宅。
 そして、お巡りさんが消える夕方には、ヘルメット着用率がガクンと下がる。やっぱり。
by awkun | 2009-02-04 22:29