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南の風とともに

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耳のサイン

 2月に入り、普段よりも忙しい日が2週間あまり続き、右耳に耳詰り感がずっとあった。、疲れからかな・・・と思っていたが、数日前の深夜に突然天井がぐるぐる回るようなめまいと猛烈な吐き気に襲われる。吐いても吐いても、めまいは治らず、立ち上がることもできない状況で、これにはさすがに耐えられずにギブアップ。数時間後、明るくなるのを待って、妻に支えられ病院へ直行。ちょうど日本人のお医者さんが勤務の日で、日本語で様子を説明することができ、助かった。海外で、病気でふらふらの時に日本語で対応してくれるほど心強いことはない。
 血圧が結構下がっていて、脱水症状だったので、点滴治療。子供達は心配そうに点滴を見つめている。内耳の炎症からか、メニエールからか、はっきりとは分からないけれども、とりあえず数日間は安静にしてくださいとのこと。ちょうど、今週前半の予定が突然キャンセルになったので、この数日間は家で安静にすることにした。
 以前、突発性難聴になったこともあり(これは完治したが)、どうやら自分の場合は、疲れやストレスが耳にくるように感じる。なるべく疲れがたまらないように、耳のサインにはこれからも気をつけたい。
by awkun | 2010-02-23 15:01

3回の正月

3回の正月_d0113490_10581370.jpg 私たちの家の隣は野菜屋さん。先日「新年おめでとう」と言って、野菜をたくさん頂いた。「なぜ新年おめでとう・・・?」。日本は1月だし、この国の正月は4月だし・・・。ああ、中国正月かと合点。この数日間は中国正月(旧正月)で、中華系の人が多いこの国では、多くの商店が休業し、正式な休日ではないのに、なぜか国全体がお休みモードとなる。街全体が本当に静か。私たちの家の通りも、多くの家が、おもちゃのお札を燃やしたり、お供えをしたりしている(中国正月の風習とのこと)。えっ?みんな中華系だったのかとびっくり。この前、ある店で店員に言われた。「この正月は中国に帰らないんですか?」どうやら私たちも中華系に思われているよう。
 ある人が言っていた。「この国は1年に正月が3回あるんだよ。1月の西洋正月に2月の中国正月、そして4月のこの国の正月。」1年に3回の正月を迎えるというのも、不思議な感じがする。
by awkun | 2010-02-15 11:38

普通の国へ

普通の国へ_d0113490_13343950.jpg 昨年末に、この国を訪れた母が言っていた。「数年前に比べて街が静かになったね。数年前は車のクラクションが至るところで鳴り響いていたけど・・・。」改めて、この数年間の首都の変化に気づく。まず街がきれいになった。数年前は、街中にごみがあふれていたが、今は委託された清掃業者により、大通りのごみはきれいに片付けられている。
 この数年にショッピングモールが相次いで開店。今まで外国人の姿しか見なかったスーパーマーケットにも、この国の人が多く出かけるようになった。経済発展が、一般の人々の暮らしにも少しづつ豊かさをもたらしはじめてきている。(それと同時に霊的な部分の関心が薄れるようになったのは、悲しいことだけど・・・)
 交通ルールが厳格になった。今まで免許無しの運転は当たり前。子供が普通にバイクを路上で運転していた。それがこの数年で厳しくなった。今まで首都に数えるほどしか無かった交通信号が大幅に増え、信号ルールを知らない人たちが普通に逆走や信号無視をしていたが、街中におまわりさんが立ち、ヘルメット無しや信号無視のバイクを片っ端から捕まえる。おまわりさんが消える夕方からはみんなノーヘルだったのが、最近は夜にもおまわりさんが取り締まりを始め、ノーヘルは減る一方だ。今までが異常といえば異常だったんだけど。
 今まで様々なことが、ルールや法律が無いということで許されてきたが、段々と許されなくなってきた。ルールが一歩一歩と社会の中で機能しつつある。「無秩序」から「秩序」へ本当に少しづつだけど変化しつつある。
 普通の国へ。いま、まさに変わる節目に私達はこの国に住んでいる。
 ●写真は交通を取り締まる警察官
by awkun | 2010-02-11 14:38

大きな壁

大きな壁_d0113490_20452583.jpg 毎週日曜日、教会で大人対象のメッセージの奉仕が始まって、3ヶ月が経つ。数を重ねるほどに、口が慣れる・・・というよりも逆に言葉の難しさを、まざまざと思い知らされている。毎回毎回、目の前に大きな壁があって、それを乗り越えているのか、乗り越えていないのか分からないけれども、必死によじのぼっている感じだ。時に打ちのめされつつ・・・。
 メッセージを聞く方も、忍耐を試されているのかもしれない。つたない言葉を聞くほど、大変なことは無いかもしれない。でも、教会の皆さんが耳を傾けてくれていることに感謝している。宣教師は、宣教地に来てもなお、多くのことを宣教地の教会の皆さんから教えられ、助けられ、そして育てられる。
 この前、教会の若い青年がノートを持って私のところにきて言った。「今度、他の教会でメッセージのお手伝いがあるんですが・・・」見ると、私が以前にしたメッセージがそのまま書いてある。「これそのまま使うの?」「はい。このメッセージのポイントがとてもいいと思って。」素直に嬉しく思った。この国でした一つの聖書のメッセージが、時と場所を変え、他の人により、また生かされていく。「神のことばは生きている」ことを改めて思わされる。外国語というものに、苦悩しながら、そして励まされながら、一歩一歩進んでいる。
by awkun | 2010-02-06 21:01