人気ブログランキング |

南の風とともに

awkun.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

教会訪問(10月No.4)

教会訪問(10月No.4)_d0113490_2225590.jpg この日曜は関西の2つの教会を訪問。朝に訪問した教会は、5月のGWの時に教会キャンプでお話させて頂いたこともあり、数ヶ月ぶりの再会。以前キャンプの時に、南の国ではなかなか「生卵」を食べることができないとお話したことを覚えていてくださり、集会後のお昼ご飯時には、目の前にすごく新鮮な生卵が。わざわざこの日のために買ってくださったとのことで、嬉しく美味しく卵かけごはんを頂いた。ありがとうございました。(ちなみに海外在留邦人にとって嬉しい日本からのおみやげで結構上位にはいるのも生卵。ただ時々、海外の空港で没収されることも・・・)。集会もとても恵みと祝福を受けた集会となり、心から感謝。夕方は他の教会の集会だったが、こちらでも懐かしい方々にお会いできて、嬉しいひとときだった。
 集会後のひとときで「南の国の言葉は、発音が多くて大変です」との話をすると、ある方が「じゃ、南の国の人たちは耳がいいんじゃないですか?歌も上手じゃないですか?」と。確かにそうかもしれない。歌に関しては、南の国の学校の授業に音楽が無いこともあり、一般的に音程をとることは苦手かもしれないけど、上手な人は上手だ。
 以前にもブログに書いたが、このような話を見聞きしたことがある。南の国で日本人があるバイクの修理工場で技術指導として働いていた。その時に、ある南の国の人が、「このバイクのエンジン音おかしいですよ」と修理に持ち込み。現地技術者も「うん。確かにおかしい。」と言う。しかし、日本人技術者はエンジン音の違いがまるっきり分からない。その人が後にある雑誌にこのようなことを書いていた。「この国の人たちは、私たち日本人が聞き取れない音を聞き取っているように感じる。」
 他の国の人が聞き取れない音を聞き取れる。それは音が多い言葉で育った人たちだからこそ備わった能力なのかもしれない。私たち日本人だからこそ備わった能力って何だろうか?とふと考えさせられた。
 次の日曜は関東の教会を訪問。日本はすっかり秋。
by awkun | 2011-10-28 22:28

教会訪問(10月No.3)

教会訪問(10月No.3)_d0113490_222767.jpg この日曜は関東の2つの教会を訪問。前回(6年前)の訪問の後に新しい会堂を建てられ、新しい場所は初めての訪問だったが、広くて、新しい素敵な会堂だった。聖歌もきれいに響くのがとても印象的だった。久しぶりの方々にお会いできて感謝。
 そして、集会後のお昼ご飯の時間に、教会の方が作ってくださった「かぼちゃのパイ」を一緒に頂く。美味しかった!「南の国とかぼちゃのこと覚えてますよ!」と。今日のために、かぼちゃ料理を作ってくださったとのこと。かぼちゃパイを頂きながら、教会の皆さんが南の国のことに関心を持ってくださっていることに嬉しく思う。
 多くの方は既にご存じだと思うが(私もいろんな場所でお話ししているので)、「かぼちゃ」の語源は私が行っている南の国。あるホームページによると、江戸時代にポルトガル人が南の国から日本に持ち込んだらしく、南の国の国名がなまって「かぼちゃ」と呼ぶようになったとのこと。そんなこんなで「かぼちゃ」を見たら、「南の国」をぜひ思い出してください!と教会訪問のときどきにお話ししていたが、多くの教会の方々がそのことを覚えて下さっていて、これまた嬉しい。
 「かぼちゃ」は一般的にも有名な話だが、実は「うどん」の語源も南の国だと言う人もいる。日本の江戸時代、南の国の首都名は「ウドン」だったらしい。そしてそこには日本人の町があったともいう。こういうことを考え出すと、歴史のロマンを感じる・・・かな。
 そんなことをいろいろと改めて調べていたら、「じゃがいも」も「ジャカルタ(インドネシアの首都)」が語源とあってびっくり。それなら「じゃがいも」見たら「インドネシア」を思い出してくださいって言えるかな。ちょっと無理があるか・・・。何にしても、何か身近なものに関係があると、覚えやすいように思う。

 今度の日曜は関西の2つの教会を訪問。
by awkun | 2011-10-17 22:54

教会訪問(10月No.2)

教会訪問(10月No.2)_d0113490_22444872.jpg この日曜は関西にある2つの教会を訪問。2つの教会共に6年ぶりぐらいの訪問となる。様々な話をさせて頂き、感謝。また、前週と同じように、南の国につい先月行ってきたという方も教会におられ、話が盛り上がる。最近、南の国に行く人、結構多いのかな。「ニュースで見たんですが、洪水大丈夫ですか?」という声も。南の国も、また隣国も大雨で洪水とのことで、日本のニュースにこの数日間よく取り上げられている。今は日本にいるので、直接的に状況を見聞きすることはできないのだけど、これ以上洪水の被害がないことを祈っている。
 
 日曜の夜、関西から夜行バスで東北福島へ。月曜は休日で、主に福島の教会の方々が一か所に集まっての集会が行われた。その集会の中で、聖書から話をさせて頂く。大震災があってから、東北、福島に行くのは個人的な訪問も含めてこの日で数回目。しかし、何度行っても、東北地方、福島が抱えている苦悩を前にして言葉を失う思いがする。そして、その中でも、目を上にあげて、日々の生活をしておられる方々の姿に、心を動かされる。
 
 以前にある本を読んだときに、その本の中である有名な東北の詩人の歌を紹介していた。「もがみがわ さかしらなみのたつまでに ふぶくゆふべと なりにけるかも」。その本の著者によると、この歌は東北を象徴しているらしい。特に「ふぶくゆうべ」の箇所の母音はほとんど「ウ」。人間苦しいときに「イ」とは言わない。うめく時のように「ウ」という。「ウ」の母音が続く「ふぶくゆうべ」のように、東北は歴史的に過酷な自然の中で耐えてきた。そしてなお、神様は東北に大きな試練を与えられた。なぜだろう。被災地に立ち、その思いにとらわれる。ただ、確かなのは、まだしばらくの間「ふぶくゆうべ」は続くこと。しかしその中でも、確かな希望はある。神はどのような時でも共にいてくださること。その希望を、直接目で見ることはできない。でも、私は信じている。これこそが、クリスチャンが持つことのできる一番の希望ではないかということを。
 続けて被災地のために、そこに住む方々のために覚えていきたい。

 次の日曜は北関東の教会を訪問。
by awkun | 2011-10-13 23:25

教会訪問(10月No.1)

教会訪問(10月No.1)_d0113490_1182814.jpg この日曜は中部の2つの教会を訪問。2つの教会共に、歓迎して報告を受け入れてくださり、また関心もって聞いてくださって感謝だった。実際に南の国を訪れたことのある方もおられ、写真を見ながら懐かしくお話しすることもできた。ありがとうございました。

 前日土曜の夜から中部に入り、教会で一泊させて頂く。その夜に、牧師先生を交えて教会の青年の方々と一緒に楽しく食事。教会の方が「中華丼」を作ってくださって、教会で一緒に頂く。そこで少し不思議なことに気付く私。教会の皆さん、「中華丼」を「中華飯(ちゅうかはん)」と言う。
 「ここでは『中華丼』って言わないんですか?」と聞くと、皆さんびっくりして「えっ?中華丼って何ですか?中華飯(はん)でしょう。」と。そこから、「丼」VS「飯」論争が始まる。私はひとり「中華丼」派。
 「じゃ『天津飯(てんしんはん)』は何と言いますか?」と聞かれ私「それは『天津飯』かな・・・。確かに天津丼ってあまり言わないですね。」 ここで飯(はん)派が優勢となる。
 私「でも『かつ丼』を『かつ飯(はん)』ってあまり言わないですよね。」「・・・」 少し丼派が押し戻す。「それに市販のレトルトはだいたい『中華丼』って書いてありますしね」。
 「中華丼」か「中華飯」か?後でネットを見てみたら、やっぱり一部の人たちの間で論争になっていて、中部の一部、その他のある地域では「中華飯」。その他の大多数の地域では「中華丼」と呼ぶらしい。考えるとけっこうおもしろい。とまあ、こういうやりとりを文章に書くと、「飯派」と「丼派」の熾烈な争いが繰り広げられたように思えるかもしれなが、実際は美味しい「あんかけ野菜丼(双方の妥協語)」を皆で頂きながら、場所が違えば呼び名も異なるという、いろんな文化の違いを話せて楽しかったひとときだった。

 日本と南の国のような外国は、言葉も文化もまるっきり違う。だから、まさに異文化の中での生活、そして働きとなる。でも、日本の中にも、いろんな地方があり、いろんな文化がある。私は結婚して2年間、妻の実家のある九州のある島に住んだことがあるが、それは私にとっては大きな異文化体験だった。年配の方々どうしの会話が全く分からない。方言が理解できない。風習がまるで分からない。同じ日本なのに・・・という思い。でもその中で、今から振り返っても貴重な体験をすることができた。一方、九州で育った私の妻にとって、私と結婚して私の地元(広島)に一緒に住むこと、また南の国に行って生活することは、大きな異文化体験なのだと思う。それでも一緒についてきてくれていることには心から感謝している。

 人はみな、いつもどこかで大なり小なり異文化体験をしている。幼い時には友達の家に遊びに行くだけでも異文化というものを知る。進学したり、転校したり、就職したり、結婚したり、転勤転職したりして、異文化を味わう。教会の中でも異文化経験をする。自分とは全く異なる価値観で育ち、生活している人と話したり、関わりをもつことによって異文化体験をする。そのような異文化に出会うときに、大事なのは、自分はさておき、まずニュートラルに相手を知ろう、その文化を知ろうと思うことなのだと思う。それは海外でも、そして国内でも変わらない。時に異文化というものは、私たちを戸惑わせ、怖がらせ、苦しめる。でも、異文化の壁を乗り越えたときに、また何かひとつ成長があるような気がする。それが、異文化というものと格闘しながら、今でも学び続けていることだ。
 「中華飯」と「中華丼」の違いは、たった一文字の違いだが、背後にある文化の違いという意味では、結構大きい違いでもある。
 
 次の日曜は関西へ。その晩から、福島へ移動。

●写真は南の国風野菜炒め。香草がポイント。
by awkun | 2011-10-04 19:15